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新潟地方裁判所 昭和41年(行ウ)10号 判決

一〇号事件原告・一一号事件被告 国

一〇号事件被告・一一号事件原告 相浦喜代治

主文

一、新潟県収用委員会が昭和四一年四月一三日付で昭和四一年(行ウ)第一〇号事件被告のため裁決した損失補償金七万四、七〇〇円を金二万三、九〇〇円と変更する。

二、昭和四一年(行ウ)第一一号事件被告は同事件原告に対し金二万三、九〇〇円の支払をせよ。

三、昭和四一年(行ウ)第一〇号事件原告のその余の請求および同年(行ウ)第一一号事件原告のその余の請求はいずれもこれを棄却する。

四、訴訟費用は昭和四一年(行ウ)第一〇号、第一一号事件を通じ、全部同年(行ウ)第一〇号事件被告(同年(行ウ)第一一号事件原告)の負担とする。

事実

(当事者の申立)

第一昭和四一年(行ウ)第一〇号事件(以下単に一〇号事件と略称)について

一、原告

1、新潟県収用委員会が昭和四一年四月一三日付で被告のため裁決した損失補償金七万四、七〇〇円は補償を要しないものと変更する。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二、被告

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二昭和四一年(行ウ)第一一号事件(以下単に一一号事件と略称)について、

一、原告

1、新潟県収用委員会が昭和四一年四月一三日付で原告のため裁決した損失補償金七万四、七〇〇円を金八七万九、七〇〇円と変更する。

2、被告は原告に対し金八七万九、七〇〇円を支払え。

3、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二、被告

1、原告の請求をいずれも棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

(当事者の主張)

第一一〇号事件について

一、国(一〇号事件原告。以下国という。)の請求原因

(一) 国(建設省北陸地方建設局高田工事事務所)は、昭和三七年八月から同三九年一一月三〇日までの間に国道一八号線姫川原地区の改築工事(改良、舗装工事)を行つたところ、右道路に面する相浦喜代治(一〇号事件被告、以下補償請求者という。)所有の新井市大字姫川原一、〇二〇番地の五の宅地(以下本件宅地という)が右改築道路より低くなり不都合を生じた旨同人から申出があつたので、実地調査のうえ善後措置として補償的に宅地の道路に接する部分にコンクリート階段取付工事をして右高低差による不便を解消させた。

しかるに補償請求者は道路法七〇条によりさらに宅地の盛土、建物の嵩上げ等の工事費用の補償を請求し、国が右請求に理由がないためこれに応じなかつたところ、昭和四〇年九月一三日新潟県収用委員会に対し道路法七〇条四項、土地収用法九四条による裁決の申請をし、同委員会は昭和四一年四月一三日補償請求者に対し国は金七万四、七〇〇円の損失補償義務がある旨の裁決をした。

(二) しかし、補償請求者には現在道路法七〇条によつて補償されなければならない損失はなく、右裁決は失当であるから、これが補償を要しないものと変更する旨の裁判を求める。

二、補償請求者の答弁

国が国道一八号線の姫川原地区の改築工事を行い右道路に面する補償請求者方宅地が右改築道路より低くなり不都合を生じた旨補償請求者から申出がなされたこと、国が本件宅地の道路に接する部分にコンクリート階段取付工事をしたこと、補償請求者が新潟県収用委員会に裁決の申請をなし、その主張のような裁決のあつたことは認めるが、その余の事実は争う。

補償請求者は一一号事件において述べるように、右裁決の補償額をもつてしては損失を償うに至らないのであるから国の本訴請求は失当である。

第二一一号事件について

一、原告相浦喜代治(一一号事件原告。以下本事件においても補償請求者という。)の請求原因

(一) 国(一一号事件被告、以下国という。)は昭和三七年八月から同三九年一一月三〇日までの間に国道一八号線の改築工事(姫川原第二道路工事)を施行し、補償請求者の所有する本件宅地先に所在した新井市道を主として東側に拡張改良のうえ舗装工事を行つた。

(二) 補償請求者は、右工事の結果路面の高さに変動を生じ、右道路の西側沿道に位置する本件宅地が国道より低くなつて出入に不便を生じ、土地の排水に困難を生じ、また、同宅地上の建物(以下本件建物という。)が常時湿潤となつたので、本件宅地の盛土と本件建物の嵩上工事をするやむをえない必要があるとして、国に対してその工事費を補償するよう請求したが、当事者間に協議が成立しなかつた。

そこで、補償請求者は昭和四〇年九月一三日新潟県収用委員会に道路法七〇条四項、土地収用法九四条による裁決の申請をなしたところ、同委員会は右申請に対し昭和四一年四月一三日付で補償請求者に対する損失の補償は金七万四、七〇〇円とする旨の裁決をした。

(三) しかしながら右裁決の金額はつぎのとおり適正な補償に至らず失当である。すなわち、

(1) 本件宅地は南方へ登り勾配に傾斜する右改築前の旧道に接し、本件建物玄関出入口部分で旧道路面より一〇ないし二〇センチメートル高くなつていたところ、右改築工事後の新道の路面は前記出入口部分で旧道のそれよりも約五〇センチメートル高く造成された。

(2) そのため原告はつぎの損失を受けるに至つた。

(i) 本件宅地は本建物の玄関の出入口部分では新道路面より約四〇センチメートル低くなつたので、新道から本件宅地への出入およびリヤカー、自動耕運機の搬出入が極めて不便となつた。(国は新道から本件建物玄関への出入のため、臨時階段取付工事をしたが、それによつては右不便は解消するものではない。)

(ii) 右改築工事前においては、本件宅地内に降つた雨水は上手隣地より少し下つたところ以下で自然に旧道側溝に流入していたものであつたところ、右改築工事後は、新道側溝の天端も従前より約五〇センチメートル高く、かつ、その底面も高く造成されたため、本件宅地に降つた雨水は新道側溝へ流入することが不可能となり、本件宅地内に滞水し、また、冬季積雪時には新道に接する人家の者が消雪などのため、側溝内に雪を投入するので、雪塊が下流につかえたりして側溝内の水ははんらんして本件宅地に流れ込み滞水する。(国は、新道の側溝壁の本件宅地側に二か所排水孔をあけたけれども、その排水孔は、側溝内の水が本件宅地内に流入することを防ぐため本件宅地より高めにあけられているので、本件宅地内の滞水が右の二つの排水孔から側溝内に排水されることがなく、かえつて側溝内の水位が高まれば排水孔は側溝内の水が本件宅地内に流出する流出孔となつてしまう。)

(iii) 本件宅地内に滞水した雨水は低地へ流下する一部を除いて本件建物の下へ侵透し、容易に乾燥せず、床下は常時湿潤となり、本件建物の土台や柱の根から畳に至るまで腐蝕を来たしている。(従つて、本件宅地を前面新道より高く盛土し、建物の基礎を上げる嵩上げ工事をしなければその損失を免れることはできない。)

(3) しかるに、前記裁決はつぎの工事に要する費用合計金七万四、七〇〇円を補償するをもつて足りるとした。

(i) 新道側溝の内側に、更に側溝側天端より約五五センチメートル低い副側溝を設けて敷地内の滞水を排水させたうえ、下流において副側溝から本側溝に右排水を導入させる工事。

(ii) 本件宅地内の排水を図るために、本件宅地の土じよう内に砂を混入させる工事。

(iii) 積荷したリヤカーや自動耕運機を本件建物の玄関に入れるため、新道の下手で本件宅地との高低差の少い所に入口を取付け、本件建物と副側溝との間に玄関に向つて傾斜をつけて車輌類を搬出入させるよう工事をし、玄関前で九〇度回転させて屋内に収容させる工事。

しかし右(i)・(ii)および(iii)の各工事はつぎの理由によりいずれも承服しがたいものである。

(i)について

敷地内の滞水が副側溝をとおして本側溝へ排水されるためには、副側溝の底部より本側溝の側壁の天端が低くてはじめて可能なものであるから、副側溝の勾配は本側溝より緩いとしても、相当下流に導いてから合流させなければ、水圧の強い本側溝の水が副側溝に逆流するものであり、この副側溝は本件宅地とその下手の敷地との中間に造成された用水路をサイフオン式に交叉して流下して他人の土地を通り本側溝との合流点では副側溝底面と本側溝天端が水平になる程度に副側溝壁の高さを他人敷地内で造成せねばならず、右副側溝工事をするには他人の土地内において副側溝壁天端にそつて一部の盛土工事をすると共に副側溝の蓋もせねばならないところ、他人の宅地内において何の権限もない補償請求者がそのような工事をすることはできないことである。

(ii)について

宅地の土じよう内に砂を混入させることは、土じようの地耐力を弱める危険な案である。

(iii)について

そのような工事によつて、原告従事の農作物の積荷したリヤカーなどを玄関まで急傾斜の狭い道を登らせたとしても、その玄関前の狭い道で、重い車輛を九〇度回転させることは曲芸に類する行為を要求するもので至難である。

(四) したがつて、補償請求者は前記のとおり新道の改築工事により本件宅地の盛土と、本件建物の嵩上工事をするやむをえない必要があり、その工事費金八七万九、七〇〇円を要するので、新潟県収用委員会が昭和四一年四月一三日付で補償請求者のため裁決した損失補償金七万四、七〇〇円を金八七万九、七〇〇円と変更する旨および国は補償請求者に対し該金員を支払うべき旨の判決を求める。

二、国の答弁ならびに主張

(答弁)

(一)  請求原因(一)、(二)の事実は認める。

(二)  同(三)の(1)の事実中、本件宅地が旧道に接していたこと、新道路面が旧道路面より若干高く造成されたことは認めるが、本件宅地が旧道路面から一〇ないし二〇センチメートル高かつたことは否認する。本件宅地はもともと旧道路面より低かつたものである。

(三)  同(三)の(2)の(i)の事実は否認する。但し被告が本件宅地と新道との間の出入のため階段取付工事(但し臨時ではない。)をしたことは認める。

(四)  同(三)の(2)の(ii)の事実中、被告が本件宅地の排水のため新道側溝壁の本件宅地側に二カ所の排水孔をあけたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(五)  同(三)の(2)の(iii)の事実は否認する。

(六)  同(三)の(3)の事実中、前記裁決が(i)ないし(iii)の補償工事をもつて足りるとしたことは認めるが、この点に関する原告の主張は争う。

(主張)

(一)  本件工事は国道一八号線(高崎市―直江津市)のうち新潟県中頸城郡中郷村二本木から新井市姫川原に至る二、八三〇メートルの区間について幅員約四メートルの旧新井市道を東側(補償請求者方と反対側)に拡張し、幅員平均九メートル(車道幅員七・五メートル)の道路に改築してこれを国道に編入するものであつたが、この地区は地勢が東高西低であつて、本件宅地が道路より低いのに対し、その東側は道路より高い水田であるために、この地区の地下水の水位が特に高く路面を下げることは道路の保安に差し支える関係にあり、また、旧市道は自然の地勢のままに路面だけをならしたもので高低常ならない構造であつたから、それに応じて造成された宅地の高低にとらわれると今日の交通事情に即応した道路の構築は不可能であり、道路の改築による路面、宅地間の高低差の発生は初めからある程度必至でありやむをえないところであつた。

そこで、国では本件道路が現代の国道として備えなければならない構造性能を失わないようにしながら隣接宅地との不都合を極力減らす方針のもとに本件工事を施工したものであるが、その具体的工事内容およびその結果生じた新道と補償請求者宅地との高低差は次のとおりである。

すなわち、本件工事を施工する際、その区間の南北に接する道路の改築工事は既に竣工していたので、その端末と本件工事区間とを平滑につなぐことが本件道路設計上の理想であつたが、これによれば、本件道路とこれに面する宅地との間に相当の高低差が生じ出入りに不便を生ずるという難点があつた。そこで本件工事区間の北側に接する竣工された道路の北端に基点をおいた従来の測点を基準とせず、これと別個の測点を本件工事区間内に設定し道路区間の接続により生ずる勾配の切替点をなるべく北方に移すように計画を変更したため、当初の改良計画では本件宅地前の旧市道面を地盤としこれに二三センチメートルの舗装をする計画であつたものが、実際に施工された工事では従来の地盤を八・五センチメートル切り取つてその上に二三センチメートルの舗装をするように施工したもので、当初の計画された舗装面より八・五センチメートル低く仕上げられ、結局補償請求者出入口付近の路肩は改築工事前より一四・五センチメートル程度高くなつたに過ぎない。

(二)  しかも、国は補償請求者方宅地が右改築道路より低くなり不都合を生じているというので、同人の要望をきき実地調査のうえ善後措置として(補償的に)宅地の道路に接する部分にコンクリート階段取付工事をして右高低差による不便を解消させてあり、もともと補償請求者の本件宅地は旧市道よりも低かつたのであるから宅地の盛土、建物の嵩上げ等の工事費用の補償を請求するのは失当である。

(三)  仮に補償請求者宅に出入および排水上の不更が生じたとしても、その損失を補うには次の工事をするをもつて足ると考えられる。

(1)  出入口を利便にするための工事(別紙図面一および二の赤色の部分)。

路面から玄関への出入りおよびリヤカー等の搬出入を便利にするための工事として、次の二種の工事を行う。

(i) 側溝蓋取替工事 現在一段となつている側溝蓋をゆるやかな傾斜をもたせた二段の階段状の蓋と取替える。

(ii) 土間コンクリートの改良工事 側溝につづく土間コンクリートをゆるやかな傾斜をもたせた二段の階段とする。

右(1)(2)の工事の結果階段は四段となり各段に多少の傾斜をもたせれば出入口は全体として路面から四段のゆるやかな階段となる(階段状の坂とも表現できる。)。

その工事の概要は別紙二のとおりであり、その工事費用は別紙五計算書(一)および(二)に示すとおりであつてその額は合計金五、二四〇円である。

(2)  ふろ場下水の排水をよくするための工事(別紙図面一および三の青色の部分)。

排水を良くし湿気を防ぐために、現在の素堀りの溝を既製品(エコンサイドデイツチ)を使用したU字溝に改良し、下水の道路側溝への流れをスムースにする。

その工事の概要は別紙三の平面図および横断図のとおりであり、その費用は別紙五計算書(三)に示すとおりであり、その額は金六、六〇〇円である。

(3)  出入口南側宅地の排水をよくするための工事(別紙図面一および四の黄色の部分)。

出入口の南側(長野寄り)の宅地の排水を良くするために、道路側溝に添わせて、宅地の高さと同等以下の高さの側壁天端(宅地側)をもつ長さ一一メートルの副側溝を新設し、宅地内の雨水や雪融水等をこれに流入させたうえ、同溝の末端辺排水口(階段より南へ一・四メートルの個所)より道路側溝へこれを落し排水する(なお、この副側溝を新設する個所は国有地である。)

右工事の概要は別紙四のとおりであり、その費用は別紙五計算書(四)記載のとおりであつて、その額は金六、〇一〇円である。

従つて(1)(2)(3)の合計は金一万七、八五〇円となるところ、これに必要とされる現場管理費(右金額の約一七%)金三、〇〇〇円および一般管理費(以上の約一五%)金三、〇五〇円を加算した金二万三、九〇〇円であり、それを超える損失補償額を決定した本件裁決は失当である。

よつて新潟県収用委員会が昭和四一年四月一三日付で原告のため裁決した損失補償金七万四、七〇〇円は補償を要しないものと変更する旨の判決を求める。

(証拠)〈省略〉

理由

第一、一一号事件について

一、国が昭和三七年八月から同三九年一一月三〇日までの間に国道一八号線の改良工事(姫川原第二道路工事)を施工し、本件宅地先に存した新井市道を主として東南側に拡張改良のうえ、舗装工事(以下これらの工事を本件改築工事という)を行つたこと、補償請求者がそのため本件宅地が国道より低くなつて出入に不便を来し、排水に困難を生じ建物に腐蝕をきたしたとし、それを除去するには本件宅地の盛土ならびに本件建物の嵩上工事の必要があるとして道路管理者に工事費の補償を請求したが、当事者間に協議が成立せず、新潟県収用委員会に道路法七〇条四項、土地収用法九四条による裁決の申請をなし、同委員会は昭和四一年四月一三日付で補償請求者に対する損失補償金は金七万四、七〇〇円とする旨の裁決をしたことは当事者に争いがない。

二、そこで本件改築工事の内容とこれにより道路と本件宅地との間にいかなる高低差が生じたかについて考察するに、成立に争いのない甲第一号証、第二号証、第三号証の一、二、第四号証、第五号証、第六号証の一ないし九、第八号証の一、第一〇号証の三、第二一号証の一ないし三、第二二号証、証人増村丹治、同秋山了市、同大島謙の各証言ならびに検証の結果(一、二回)を総合すれば、

新井市道は旧来幅員三・七メートルないし四メートルの自然の地勢を路面だけならしたもので、本件宅地の接する同市道付近は南西に向つてゆるやかな昇り勾配をなしており、本件宅地は、北東側の訴外相浦正信方に接する付近は右市道とほぼ同じ高さであつたが、全体的に市道より低く、とくに本件建物の玄関前付近から南西側隣りの訴外白石喜六方に接する付近にかけては右市道より少なくとも一〇ない二〇センチメートル程度低くなつていたものであること、本件工事は右市道を南東側(本件宅地と反対側)に拡幅して平均九メートルの道路に改良して舗装し、すでに改良工事の竣工していた南側と北側の国道に連結するものであつたが、本件宅地の接する同市道付近の地勢は南東側が道路より高い水田となつており地下水の水位も高かつたのに対し、北西側(本件宅地側)は全般的に道路より低くなつていたので、本件改良工事に際して路面をさらに下げることは道路の保安上危険であつたばかりでなく、道路を造成するには在来の堅固な地盤を利用するのがその常道であつたので、これらの諸事情を勘案して当初は本件宅地の接する同道路付近(測点27)においては旧市道面を地盤高としてその中心線でこれに約三センチメートルの盛土をし、その上に二三センチメートルの舗装をする計画であつたところ、右改良工事の途上、補償請求者ら地元住民から路面が高くなりすぎるとの苦情に接したため、急遽右計画を変更し本件宅地付近の道路を含むその前後の道路の路面を旧市道路面より逆に若干(本件宅地附近で八・五センチメートル程度)削りその上に二三センチメートルの舗装工事を施して完成したので、結局右改築工事の結果、本件宅地付近の路面は旧市道面より一四・五センチメートル程度高くなつたこと、がそれぞれ認められる。

補償請求者は、本件建物玄関出入口部分は旧市道面より一〇ないし二〇センチメートル程度高くなつていたところ、右改築工事の結果、逆に約四〇センチメートル低くなつた旨主張し、成立に争いのない甲第八号証の二、第一〇号証の二、証人酒井市平、同吉越正俊、同岩崎庄太郎、同小森末吉の各証言ならびに一〇号事件被告、一一号事件原告本人尋問の結果(一、二回)にはこれに添う部分もあるが、これらは前記各証拠に照らしてにわかに措信し難い。また、当裁判所の検証の結果(一、二回)によれば、本件建物玄関先宅地とこれに対応する改築後の本件道路の路肩との高低差は約三四センチメートルであることが認められるが、これはもともと本件宅地の同部分が旧市道より低かつたところへ、前記のように右道路付近で一四、五センチメートル程度本件改築工事により路肩が高くなつたためであるものと推認されるので、右検証の結果のみをもつて補償請求者の主張を肯認し得ないし、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

三、ところで、道路法七〇条一項が、道路を新設し、または改築したことに因り、当該道路に面する土地について、通路、みぞ、かき、さくその他の工作物を新築し、増築し、修繕し、若しくは移転し、又は切土若しくは盛土をするやむを得ない必要があると認められる場合においては、道路管理者はこれらの工事をすることを必要とする者の請求により、これに要する費用の全部又は一部を補償しなければならないと規定したその趣旨は、道路の新設又は改築による損失は、それが不法行為に該当しないとしても、道路に関する工事に伴つてしばしば発生することが予想されるので、法が特に補償の範囲および方法を明らかにしたものであつて、結局当該土地の従前の利用状況、道路の新設又は改築による当該土地の利用状況の変化の程度およびその態様、ならびに当該地上建物等の工作物の利用状況等諸般の事情を勘案し、右道路の新設または改築と当該土地の従前の用法による利用価値の減少との間に相当因果関係があり、かつ、右価値の減少が社会的に通常受忍すべき限度を超えるときは、損失を受けた者に本条による請求を認めた趣旨であると解するを相当とする。

けだし、道路の新設又は改築の場合においては、できる限り隣接地との不都合を減少させる方針のもとにその設計及び施工がなされなければならないのはいうをまたないところであるが、今日の交通事情およびこれに対する道路行政に鑑みると、あまりこれにとらわれると現代に果すべき道路の構築はついに不可能になるといわなければならないのであつて、道路の新設又は改築による路面と宅地間の高低差の発生は初めからある程度必要やむを得ないものであり、また、宅地利用者にとつても社会的に相当と認められる限度内においてはこれを受忍すべきものというべきだからである。

いま、これを本件についてみるに、前掲甲第五号証、第六号証の一ないし九、第一〇号証の三、成立に争いのない甲第七号証、第八号証の一、二、第一〇号証の二、第一八号証の一ないし六、乙第二号証の二、第三号証の一、証人岩崎庄太郎の証言および前記原告本人尋問の結果(一、二回)によれば、補償請求者はその家族と共に本件建物に居住し、リヤカー、モーターバイク、自転車等を所有し農業に従事しているものであるが、本件道路改築工事以前は旧道からゆるやかな下り勾配をもたせた板を側溝に渡して本件宅地に出入りしていたこと、前認定のとおり、同人方の右出入口付近の路肩は本件道路改築により改築工事前の旧市道路面に比して一四、五センチメートル程度高くなつたため、宅地と新道の路肩との差は、結局、約三四センチメートルとなつたこと、新道に面する本件建物の玄関入口先と新道の路肩との距離は水平距離にして一七五センチメートル程度しかなく、しかもその間に幅三五センチメートルの新道側溝を狭んでいる関係上、同側溝上に、後記認定のとおりコンクリート側蓋板を渡して出入口とすれば、従前にもましてかなり急勾配となり、本件道路から同人方玄関への出入りならびに前記諸車の出し入れには生活上の不便をきたすこと、本件宅地前面の雨水および同人方のふろ場の下水は従来いずれも旧道の側溝に流れ込んでいたけれども、本件改築工事によりおよそ一〇センチメートル程度の高さをもつコンクリート側溝が設けられたため後記認定の排水口を通じてしか排水されなくなり従来に比して排水が不便となつたこと、本件建物の床下は従来から常時湿潤であつたが、右工事の結果、その程度が著しくなり従来にもまして容易に乾燥しにくくなつたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

しかして、本件宅地もしくは本件建物の前認定のような使用上の不便、利用価値の減少は本件改築工事によつて生じた損失というべく、これを従来の本件宅地建物の利用状況と比較すれば、補償請求者に対して何らの補償をしないままこれが受忍を強いることはその限度を超えるものと認められるから、後記のとおりの補償をなすべきを相当と考える。

もつとも、前掲各証拠によれば、本件改築工事完了前後に補償請求者から本件建物への出入り等が不便となり、かつ宅地内の排水が困難となつた旨の申出がなされたため、国は実地調査のうえ補償請求者方の希望をも取り入れて本件道路の路肩と側溝天端との上にコンクリート側蓋板四枚(合計幅二・〇六メートル、奥行〇・七メートル)を渡し、該側蓋板と本件建物玄関入口との間に前同様厚さ二〇センチメートルのコンクリート板を約一三センチメートル低い位置に設置して二段の階段となるようにして本件道路から建物への出入りを容易ならしめるとともに、本件宅地内の排水をはかるため右側蓋板の左右各二メートル程の地点の側溝壁に経約五センチメートルの排水孔を穿つ工事を施したことが認められるけれども、右の如き補償工事をもつて前認定のような補償請求者方の損失がすべて消滅したものとはいまだ認められない。

また、補償請求者は冬季積雪時には新道に接する人家の者が消雪のため側溝内に雪を投入するため雪塊が下流につかえたりして側溝内の水が本件宅地に氾濫して流れ込み滞水する旨主張するけれども、たとえその主張の如き事実があるとしても、それは道路の維持管理が適切でないため発生するものであると認められ、本件道路改築との間に相当因果関係があるものとはいわれないから右主張は採用に値しない。

四、そこで次に、前記損失の補償につき考えてみるに、道路法七〇条一項の趣旨が前説示の如きものである以上、その損失の補償についても、あらゆる損失を完全に補償するのではなく、社会的に通常受忍すべき範囲を超える場合、その超えた程度、態様等に応じて社会通念上相当と認められる限度でその損失の全部又は一部を補償することを以て足る趣旨であると解すべきである。

これを本件についてみるに、補償請求者の蒙つた損失は前認定のとおりであるが、前掲各証拠によれば、本件宅地は従前水田であつたところに昭和二五年ころ埋立土盛して本件建物を建築したものであること、本件土地は右の土盛した後も北東側隣りの訴外相浦正信方に接する部分を除いてはその周囲の土地よりも低く、旧道当時側溝にかけられた橋板は旧道から本件宅地に向つてゆるやかに傾斜していたこと、のみならず、本件宅地のすぐ裏手(西方)にある水田は本件宅地より高かつたため本件宅地は前記の土盛したにも拘らず常時湿潤であつたことが認められ、右認定事実と前認定の補償請求者の蒙つた損失とを彼此対照し、これに成立に争いのない甲第一一号証ないし第一七号証、証人松橋省の証言を綜合すれば、(一)本件宅地の出入口が従来に比して路面との高低差が顕著となつたため、これに対する補償工事、(二)本件宅地が旧道に比してより低くなり、ふろ場下水の排水の便が不良となつたため、これを補償する工事、(三)本件宅地が旧道に比してより低くなつたため本件宅地前面(南東側)の排水が不便となつたため、これを補償する工事、を施工することにより前記損失の補償は相当であるものと考えられる。これを詳述すれば、次のとおりである。すなわち、

(一)  出入口を利便にするための工事

路面から玄関への人の出入りおよびリヤカー等の出し入れを便利にするための工事

(1) 側溝蓋取替工事

現在一段となつている側溝蓋をゆるやかな傾斜をもたせた二段の階段状の蓋と取替える。

(2) 土間コンクリートの改良工事

側溝蓋につづく土間コンクリートを、ゆるやかな傾斜をもたせた二段の階段とする。

右(1)(2)の工事の結果、出入口は、全体として路面から四段のゆるやかな傾斜をもつた階段となる。

この工事の概要は別紙一(但し赤色の部分)および二記載のとおりで、(1)の側溝蓋取替工事費は別紙五計算書(一)記載のとおり二、九五〇円であり、(2)の土間コンクリート改良工事費は別紙五計算書(二)記載のとおり金二、二九〇円である。

(二)  ふろ場下水の排水をよくするための工事

排水を良くし湿気を防ぐには、現在の素堀りの溝を既製品(エコンサイドデイツチ)を使用したU字溝に改良し、下水の道路側溝への流れをスムースにする。

この工事の概要は、別紙一(但し青色の部分)及び三記載のとおりであり、この工事費は別紙五計算書(三)記載のとおり金六、六〇〇円である。

(三)  本件宅地前面南側の排水を良くするための工事

本件宅地前面南側の排水を良くするために道路側溝に添わせて、宅地の高さと同等以下の高さの側壁天端(宅地側)をもつ長さ一一メートルの副側溝を新設し、宅地内の雨水や雪融水をこれに流入させたうえ、同溝の末端辺排水口(階段より南へ一・四メートルの個所)より道路側溝へこれを落し排水する。

この工事の概要は別紙一(但し黄色の部分)および四記載のとおりであり、この工事費は別紙五計算書(四)記載のとおり金六、〇一〇円である。

以上小計すると金一万七、八五〇円となるところ、これに必要とされる

現場管理費(以上の約一七%) 三、〇〇〇円

一般管理費(以上の約一五%) 三、〇五〇円

を加算すると合計金二万三、九〇〇円となる。

五、新潟県収用委員会が補償請求者からの道路法七〇条四項の裁決申請に対し、その主張のような裁決をなしたことは当事者間に争いがないところであるが、右裁決の基礎となつた鑑定書(成立に争ない甲第七号証)によれば、

(一)  「家屋入口の道路に対する出入の不便(高低差による)を除去するための工事」として、(1)家屋正面の階段の廃止もしくは移動、(2)便槽目隠のためのブロツク塀の設置、(3)便所と玄関突出部の入角部分への化粧板の張りつけ工事を必要とするなどの記載があるけれども、この工事計画によれば、本件宅地の出入口に関し、従来の傾斜をなくし、ほとんど平坦な出入口となるばかりでなく出入口の移動に伴うものであるとはいえ、便槽および玄関突出部の美観を高めるなど、本件宅地建物の従前の用法を維持する範囲を超えて、これをむしろ改善するものであり、

(二)  「家屋床下の湿気を除去するための工事」として、(1)長さ一〇・五メートルの鉄筋コンクリートU字管を用いた排水溝の設置、(2)土砂沈澱桝の設置、(3)土間コンクリート下への一〇メートルのヒユーム管の埋設工事を必要とするなどの記載があるけれども、この工事計画によれば、従来から路面より低かつた本件土地の湿気を従前の状態以上に除去しようとするものであり、

(三)  「ふろ場の下水を排水するための工事」として、(1)溜桝の設置、(2)土砂沈澱桝の設置の各工事を必要とするなどの記載があるけれども、この工事計画によれば、従前の排水処理状況からすれば従前の状態を維持する範囲を超えてむしろ改善するもの

であつて、右はいずれも従来の本件宅地もしくは建物の使用状況の維持、回復の範囲を超えた改良工事であると認められるので、これに要する工事費の補償をなすべき旨の前記裁決は失当というのほかない。

六、補償請求者は、本件宅地内に滞水した雨水は本件建物の下に侵透し容易に乾燥せず、床下は常時湿潤となり建物の土台や柱の根から畳に至るまで腐蝕をきたすし、また、側溝内の水がはんらんするので、これらの損害を除去するには本件宅地を前面の新道より高く盛土し、本件建物の基礎を上げる嵩上げ工事をしなければならないと主張するが、本件宅地は旧道より低かつたことおよびもと水田であつたものを補償請求者が埋立て本件建物を建築したこと前記認定のとおりであり、当裁判所の検証の結果(二回)と前記甲第四号証、第一〇号証の二および前記原告本人尋問の結果(一回)によれば、本件建物の屋根には雨樋がなく、下見板は地面に接し床下の通風も悪かつたことも家屋が湿潤をなしている一因と認められるし、前記工事により宅地前面の排水が良好となれば湿潤も大いに軽減されることが推測されるので、前記道路法七〇条一項の趣旨にかんがみれば、前項掲記の工事以上に宅地の嵩上げ等の工事費を求めるのは失当といわなければならない。

第二、一〇号事件について

一、国が国道一八号線の姫川原地区の改築工事を行い右道路に面する補償請求者方宅地が右改築道路より低くなり不都合を生じた旨補償請求者から申出がなされたこと、国が本件宅地の道路に接する部分にコンクリート階段取付工事をしたこと、補償請求者が新潟県収用委員会に裁決の申請をなし、その主張のような裁決のあつたことは当事者間に争いがない。

二、而して、本件道路工事の内容、これによる道路と本件宅地間に生じた高低差、右工事により本件宅地もしくは本件建物に生じた使用上の不便、利用価値の減少の程度ならびにこれに対する損失補償の程度は前認定のとおりである。

第三、結論

してみれば新潟県収用委員会が昭和四一年四月一三日付で補償請求者のため裁決した損失補償金七万四、七〇〇円の変更を求める一〇号事件原告の本訴請求は金二万三、九〇〇円と変更を求める限度では正当であるから認容すべきであるが、その余は理由がないから棄却することとし、右損失補償金七万四、七〇〇円を金八七万九、七〇〇円に変更し、かつ、国に対し該金員の支払を求める一一号事件原告の本訴請求は右金二万三、九〇〇円の支払を求める範囲においては正当であるから認容すべきであるが、その余はすべて理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚淳 泉山禎治 佐藤歳二)

(別紙一~五省略)

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